御坊墓地は、種子島家最初の居城で本城時代からの墓地です。御坊墓地と呼ばれ、種子島家の祈願寺であった慈遠寺の北側に位置することで由来しています。
墓地の一番右は初代から4代までは合祀し、鉄砲伝来の時の14代時尭公は、右から十番目の墓となっています。墓の前には、家臣の墓もあり、この種子島家の墓地を守護するかのように建てられています。
この前の道路を海岸(手前側)に向かって進むと、旧種子島測候所があったいわゆる鉄砲場に行き着きます。
なお、御坊墓地の墓の位置は次の配置になっています。
向かって右側より
・初代〜第4代 信基、信式、信真、真時、合祀、・第5代 時基、・第5代 時基室、・第6代 時充、・第6代 時充室、・第7代 頼時、・第16代 久時、・第7代 頼時室、・第8代 清時室、・第14代 時尭、・第10代 幡時室、・第13代 恵時室、・第16代 久時室、・第7代 清時女、・第7代 清時(第六子)、・第19代 久基・四子(時純)、・第19代 久基・二女、・又太郎 信家・二男
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入り口
※■は、時尭公の墓
このようになっています。