
横山神社の六月灯で奉納された盆踊りです。横山盆踊りは女人禁制の踊りで、鹿児島県の無形民族文化財に指定されています。阿久根千代女の霊を祀った踊りです。夕暮れ時に踊るので、撮影も完璧ではありません。
少し早めに来て神社境内などを見て歩きました。神社入口には、六月灯の灯篭が二灯飾ってあります。境内に入ると、中ほどに灯篭も十数灯飾っています。その先に階段があって、それを登ると拝殿があります。神社を訪れる人にお神酒などをあげていました。私も拝礼したあと、境内に公民館があるので、本番前の様子を見ていました。今年は、台風4号の影響で、思うように練習もいかなかったということです。
踊り手の服装ですが、白の着物に黒や紺の布地に白の横縞の入った帯をして、さらに白や水色の飾り帯もして、白足袋にワラジをはいています。そして、腰には刀とサカキの小枝を差しています。頭には、カムキや花飾りをした笠を被り踊っていきます。カムキをしているのは、神様に息がかからないようにするためだといいます。
踊りは基本的に二重円になっていますが、七夕飾りを持った踊り子、太鼓、小鼓、鉦を持った踊り子は円の中心部にいます。公民館前から入場して、二重円の隊形になっていきます。また7人で公民館前で歌います。一番外が花飾りの笠、次の円がカムキです。踊りの進行は時計方向にゆっくりしたテンポで進んでいきます。
踊りは一番から四番まであります。一番は、センスも持って踊り、二番はセンスも持ち、首を落とす動作を真似たものだといいます。三・四番は手踊りということです。最後までゆったりと単調ではありますが、荘厳で時には哀愁も感じられます。最初と最後が特に難しいということを聞いています。
盆踊りの歌詞の中で、出端の歌の部分には、武蔵野とか品川とか、東京の地名が出てきます。やや不思議なところもあります。しかし、阿久根千代女の言葉がたくさん出てきます。
阿久根千代女は、高い教養力と才能があった人で、薩摩藩の家老であった比志島国隆の妾であったという。国隆は種子島に島流しにあい、阿久根千代女もその後を追って、坊津から丸木舟で種子島へ向かったといいます。二人は横山で再会するが、国隆に切腹の命令が出て、阿久根千代女も一緒に殉死しています。
盆踊りは、二人の霊を祀ったのが始まりといわれています。踊りはその悲劇的な様子を表現しています。今年で、阿久根千代女が亡くなってから、三七九年目になります。横山地域の人々は、毎年千代女の霊を供養しています。約二十分の悲劇的な踊りに感動せずにいられません。
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写真は、踊る前に七夕の短冊を持った踊り子が、反時計方向に「チョー」という掛け声を出しながら、太鼓、小鼓、鉦のまわりをすばやく廻っているところです。廻り終わると手踊りが始まっていきます。 この間、カムキや笠は腰を低くして待っています。この動作は、踊りが四番まであるので、四回繰り返されます。 |

