
住吉地域に伝承されている源太郎踊り(げんだらおどり)です。源太郎踊りは、西之表市の無形民俗文化財に指定されています。種子島の各地に、この源太郎踊りに似た郷土芸能がありますが、この住吉から広まったと言われています。
源太郎踊りの由来は、歌詞の二番に「山口おどりの源太郎よ」とあることから、源太郎踊りといわれるようになったという。また、地域によっては「山口踊り」とも呼んでいます。
源太郎踊りの男性の服装は、頭に笠をかぶった踊り子が十人、太鼓十六人が小太鼓や鉦を持っています。笠をかぶった踊り子七人は、黒の着物を着て鮮やかな片タスキをしています。
一方太鼓を持った男性の踊り子は、色鮮やかな着物を着て、頭はハチマキ、白地のズボン下を着て、ケハンをしてワラジを履いています。女性は二十人くらいで、黒の着物で鮮やかな片タスキをして、日の丸のセンスを持ちワラジを履いています。総勢四十五〜六人で奉納していきます。
写真でも分かると思いますが、華やかな中にも、荘厳な雰囲気、或いは落ち着きのある踊りを堪能できます。派手さと地味さと混ざっており、よくバランスが取れています。
入場は、左側の国道から五列で太鼓や鉦を叩き、掛け声を出しながらゆっくり入場してきます。最初は写真のように横の隊列になっていますが、次第に円形の隊列になったり、色々変化していき踊りも盛り上がっていきます。歌詞は一番から七番まであります。
太鼓や鉦の数も多いので、大変にぎやかで古式床しき、時には優雅さや哀愁も感じられます。また、女性も加わっていますので、踊りに艶やかさや色気もあります。見ごたえのある郷土芸能です。
写真の場所は、神社入口附近ですが、午後一時から、山手にある住吉神社境内で踊りを奉納してきます。
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写真は、踊りが始まる前の様子です。神社境内は、写真右方向です。一般に公開する前に、住吉神社で奉納します。 |
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写真は、鳥居に付近の境内まで、入場しているところです。五列縦隊になっています。 |
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写真は、入場が終わり、これから本踊りが始まるところです。源太郎踊りは、七つの小さな組踊りになっています。緩急に富んだ踊りが楽しめます。 |
一 長者殿
長者殿の親方様のお詣りやる 槍なぎなたで
お供の衆は又五百人 草葉もなびけど
おたちやる イヨー おたちやる
二 あれこそ
あれこそこれの山口くだりの源太郎よ 山口くだりの源太郎よ
源太郎殿こそ若衆の中でも若衆ぶる 若衆の中でも若衆ぶる
ヤー 上のお寺に笛が鳴る あいちょろちょろと笛が鳴る
出ては逢いたし ひまはなし うまん苧桶をなぜおしゃる ヨーハイ ヨーハイ
三 音に聞く
音に聞く音に聞く 駿河の国の千代郎殿は
すりの松女と恋を召す 千代郎殿は十五なり
すりの松女は十四なり 十四と十五の仲なれば 言葉に花をば咲かせたや
千代郎殿のおしゃるようには 二つ刀と親両人は捨つるとも
よもやすてじの松女さん
松女さんのおしゃるようにゃ 唐の鏡と親両人は捨つるとも
よもやすてじの千代郎殿よ 千代郎殿
四 心づくし
心づくしの秋野の花よ 見る人ごとよ
見る人ごとに折りたがる 折りたがる ヨーハイ
佐賀の斗ますに いちごが盛りて 君末代よ
君マー末代よ わしゃ一度 わしゃ一期 ヨーハイ ヨーハイ
めでし偲びの言葉のかけそう まだ濃いなれよ
まだ濃い濃いなれん 野辺の草 野辺の草 ヨーハイ ヨーハイ
五 近江の国
近江の国の道覚殿は御陣立ち ハーイヤー
あれを見よ これを聞け 坂東の名馬に黒鞍しかせ
小桜おろしの鎧着て ハーかぶとは八重の磯の富士 イヨー 磯の富士
越前様の御所にこそ ハー 八重菊様とて美人ある
イヤー 同じ御家中に千寿様とて若衆ある
イヤー 愛宕詣りに目と目の見参なされける
恋の玉章贈られた イヨー 贈られた
五年この方 偲び申せど 水ほり川ほり 七筋ほりて
七重の御門に七人ごもりの御番所が 忍びもならぬ
御生でそよ イヨー 後生でそよ
六 土佐から
土佐から船が三艘ほど参る 先なは銭よ 中なは金よ
後なわ土佐の早生米よ イヨー わさ米ならば 箕でひてはかれ
斗掻きは置いて手ではかれ 斗掻きは置いて手ではかれ
十七、八の秋の野を行けば 小萩もさかる
我もさかる 小萩もさかる 我もさかる
ヤアー 今朝は寝忘れた ほんに寝忘れた 枕屏風に日が射いた 枕屏風に日が射いた
七 うぐいす
うぐいすが うぐいすが 花踏み散らす 細足で
大なぎなたでさくと切らば さくと切らば
やらやら見事 やらめでとう やらやら見事 やらめでとう
これのお庭に 葦植えて 我よし 人よし
世間なおよし 世間なおよし
やらやら見事 やらめでとう やらやら見事 やらめでとう イヨーハイ イヨーハイ

