南種子村役場所在地跡に関する碑
南種子町茎永中部の旧南種子町立茎南中学校跡地にある記念碑です。記念碑には次のような碑文が刻まれています。なお、右に沿革が刻まれています。
南種子村役場所在地跡
平成六年南種子町
沿革
明治二年、大政奉還と共に新しい政治が始まり明治四年まで地頭が置かれたが、廃藩置県の制度がしかれて八十八大区として熊毛郡に区長が置かれ村毎(今の大字)に戸長を任命して統治させた。明治十二年十二月、村毎の行政を統合し、島間村、坂井村、西之村を管轄する連合村役場を島間村に、また茎永村、中之村、平山村を管轄する連合村役場が茎永村に設置された。明治十四年十一月坂井村が野間村役場の管轄となったため、島間村役場が廃止され茎永村役場の管轄となり現在の南種子の行政区域が誕生した。明治二十二年四月「市・町村制」が施行され新しい村名を「南種子村」と呼び、引き続き茎永に役場を置き村政に当った。大正十二年五月、村の中心である上中に移転するまで約四十二年間南種子村行政の中心地としてその発展に寄与してきた。ここに「役場跡」の石碑を刻み永く後世に伝えるものである。
平成六年三月 南種子町建立
撰文 岩坪 香
碑文は以上です。文章の中で読み違いがあるかもしれません。